■「ネット全履歴広告活用解禁」

 さわやかな日曜の朝に、いきなり剣呑な見出し。

 事情のよく飲み込めていない家人が、「これって一面トップになってるけど、大ニュースなの?」と小首をかしげて聞く。

 間違いなく大ニュースだろう。

 古来、SF小説で描かれてきた、コンピュータによって監視されるディストピアユートピア(理想郷)の反意語)が大きく一歩、現実に近づいた感がある。

 うまいたとえが思いつかなくて恐縮だが、たとえばこうだ。

 家にいても外にいても、常に透明人間があなたを監視していて、その行動・言動を逐一詳細に記録している。記録は正確無比で検索は超高速なので、何年何月何日何時何分何秒にあなたが何をし何を言ったかを調べるのは一瞬で可能だ。

 その透明人間は、その情報を誰にでも売ることができる。あなたは昨日、新型車の前で立ち止まって3秒ほど興味深そうに眺めたので、今日はその車のディーラーからカタログが届く。今日はすれ違った美女をちらっと見たので、似た女性のプロフィールが婚活業者から送られてくる。

 いずれも透明人間経由だ。透明人間はあなたの住所氏名年齢職業クレジットカード番号その他さまざまな情報を把握しているので、必要に応じて情報を売って稼ぐ。

 あなたは、その透明人間が働いている業者から、毎月数千円の請求を受けて払い続けている。

 「興味あるものの情報が向こうから来て便利だからそれでいいや」と、あなたは思いますか?

 万一そうでも、売られるのは趣味嗜好だけではありません。持病や悩みなんかも筒抜けで、商売の道具にされるわけです。

 この下手なたとえで緊迫感が伝わるだろうか?

 ともかく、一方では過剰にも思える「個人情報保護」などとほざきながら、よくも「ネット全履歴」の「活用」なんてことを思いつくものだと思う。たぶん、これが実用化されたら、世界で初めてということになるのではないか。もしかすると、北朝鮮ミャンマーの次か。

 それでも、正常な使われ方をする分にはまだいいかもしれない。

 新聞は「個人の行動記録が丸裸にされて本人の思わぬ形で流出してしまう危険もある」と警告する。あなたの情報が、という可能性は低いにしても、「誰かの」情報は必ず流出する。

 透明人間を操っているのは生身の人間なので、その人が興味を持てば、流出はさせないまでも、いくらでも有名人や知人の記録を見ることができる。社会保険庁の職員がキムタクなんかの年金記録をのぞき見していた記憶もまだ古びてはいない。

 今度は、覗かれるのが「ネットの全履歴」になるのだ。覗くのは、プロバイダ各社!のアクセス権限を持つ社員たちである。社会保険庁の職員たちと比べものにならないほどの高いモラルを全員に期待するしかない。

 (まあ、これは現状でもそうなんだけど)

 今回の方針を決めた「有識者」の作業部会に参加していた一人によると、「総務省の事務方は積極的だったが、参加者の間では慎重論がかなり強かった」という。

 慎重論が強いのは当たり前だ。積極的な総務省の役人は、この件を監視する公益法人でも新たに作って、そこに天下りする腹なのだろうか。

 結局のところ、「利用者の合意があれば良いのでは」ないかという論理で決まってしまったそうだ。

 読む気のしない大量の文言が、見えないような小さな文字で書かれた(しかもよく読んでも何のことかわからない)「同意書」に、「はい」とクリックしないとインターネットが使えない・・・というような「合意」がすぐ頭に浮かぶ。

 憲法21条2項(「検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない」)を持ち出すまでもなく、ネット利用者全員で今すぐ反対運動を起こすべきだと思う。