★Sleepless in Seattle
今回、シアトルに来るにあたって、このエントリの表題を使いたいと思っていた。だが、まさか実際にこんな使い方になるとは・・・
カバンは翌朝になっても、仕事を終えて夕方ホテルに帰っても届いていなかった。
遅れること自体は別にいいのだが、何度電話しても「もうとうに配達に出た」のような対応なので、永久に届かないんじゃないかという不安がどんどん膨らんでしまう。
かなりの悪夢だった。
何をする気力も沸かず、しばらくベッドに横になったが寝られない。Sleepless in Seattle である。
___
そもそも、カバンは機内に持ち込むはずだったのだ。関西空港からサンフランシスコだって持ち込んだし、アメリカの国内線の制限も超えていない。それを確認して買ったカバンである。
ところが、サンフランシスコで同僚が荷物を預けるために並んだのが長蛇の列で、それが終わってからも、今度はセキュリティで待たされた。
そのせいで飛行機に乗るのがぎりぎりになり、荷物棚に余裕がないからと言って、飛行機のドアの前で預けさせられたのだ。
出発の1時間半前には空港に着いていたのに、国内線であんなことになるとは、こちらで育った Mr. Taylor も想像していなかったと思う。
___
ともかく、寝られないので街へ出た。夕食も食べないわけにはいかない。アポイントメントまでの待ち時間に書いた絵はがきに宛先を入れ、夕べちらっと見かけたスーパーマーケットと郵便局を目指す。後者はもう閉まっているかもしれないが、ポストぐらいはあるだろう。
このあたりだと思ったところになかったので、通りがかりの東洋人に場所を尋ねたが知らないという。お互い英語で会話したけれど、どうも日本人だったようだ。
そのすぐ近くに、車椅子に乗って U.S. Army と書いた迷彩服を着、両手首から先がない手でハンバーガーをほおばっているおじさんがいた。日に焼けた中南米系の顔立ちに見える。膝には小銭がほんの少し入ったカップを挟んでいた。
その人に尋ねると、わざわざ車椅子を動かして教えてくれたのだが、どうも、しゃべるのもかなり不自由なようだった。
お礼を言って一ドル札をカップに入れ、海に向かって1ブロックだけ坂を下る。そこを右に曲がれば昨日見たスーパーだ。
カバンがないことによる不自由と、カバンを失ったかもしれない不幸。それを悪夢だと思っているときに、文字通り悪夢が日常になっている車椅子のおじさんのことを思うと、何だかこみ上げてくるものがあった。
人のことを勝手に不自由だとか不幸だとか決めつけるのはよくないけれど、それでも。
スーパーで夕食(Tempura Roll)と朝食(ポテトチップ)、そしてジュースと歯ブラシを買う。少し探したがカミソリはなさそうだった。まあいいや。
ホテルに帰っても、やはり荷物は届いていない。
いくら小さなものであっても、不自由は不自由、不幸は不幸、悪夢は悪夢として歴然と存在することにまたげんなりする。
今夜も寝られないかなあ・・・
そう思いながら部屋に戻って天ぷらロールに取りかかろうとし、醤油を2つか3つに垂らしたとき、電話のベルが鳴った。
喜んではいけない。これで鳴るのは3度目だ。2回とも裏切られたじゃないか・・・
Your baggage is here !
昨日から顔を合わせるたびに Not yet. と言っていたフロントの女性だが、向こうの声すら弾んでいる。思わず、最大級のイントネーションで Thank you, thank you so much. と返す。彼女に感謝する理由はほとんどないんだけれど。
「夕方6時から、どんなに遅くとも9時まで」で始まって、真夜中までには、朝までには、夕方までには・・・と続いた悪夢がやっと終わる。
なんだか汚れているものの、大きなダメージもないようだ。鍵がなくなっていると思って驚いたが、持ち込むつもりだったからつけていなかったのかもしれない。後で探してみよう。
まずはデジカメの電池とパソコンの充電から始めた。今度は手元の荷物に入れておかなければ。
歯ブラシとシェーバーも・・・