■「アキレスのかかと」

 みなさまは、「アキレスのかかと」が何を意味するか、瞬時に理解できて違和感もないでしょうか。

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 キリがないし面倒くさいのでなるべく書かないといいながらのたぶん3回目。

 まあ、十数年の歴史で3回ですからほとんど書いてませんよね。

 アメリカのFBIに所属するプロファイラーたちを主人公にしたドラマ、Criminal Minds を見ていると、

 "The child is definitely her achilles heel." という台詞が出てきた。

 「間違いなく、その子どもが彼女のアキレス腱(=弱点)だ」というような意味である。

 その字幕がどうなっていたか。

 全体を正確には記憶していないが、「アキレスのかかとよ」というのは完全に覚えている。まったく同じ表記で、もう一度出てきた。「アキレスのかかとよ」

 (最後の「よ」の是非についてはかつて考察した(笑)ので、興味があればご覧ください。)

 「弱点」を表す比喩としてアキレスを持ち出すなら、もっとも人口に膾炙しているのは間違いなく「アキレス腱」だろう。

 なのになぜ、「アキレスのかかと」なんて訳すのか。文字数だって増えてしまうのに。

 もしかすると私の思い込みなのかもしれないと考え、Google で「"アキレス腱" "弱点”」および「"アキレスの踵" "弱点”」で検索してみた。

 「アキレス腱」は5万500件、「アキレスの踵」は631件だった。

 ちなみに、「アキレスけん」だと3850件で、「アキレスのかかと」では564件。

 (以上いずれも「"弱点”」との and 検索)

 やはり「アキレス腱」と訳すべきなのは間違いない。

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 では、どうして訳者は「アキレスのかかと」なんかにしたんだろう?

 下手をすると意味がわからなくなるし、仮にわかっても、私のように引っかかる人も多いはずだ。文字数だって3文字も増える。仮に「踵」を使っても1文字増えるのだ。

 「アキレスのかかと」の方が字幕として適切だという根拠は、何一つ見つけられないと思う。

 私に想像できる理由は2つしかない。

1.日本語で「弱点」を比喩的に言う場合、「アキレス腱」が非常に頻繁に使われることを訳者は知らなかった。

 そこで、"achilles heel"をそのまま「アキレスのかかと」と直訳した。英和辞書を引けば、"achilles heel"に「唯一の急所、弱点」などの訳語が載っているから。

 まさか、と思うのだが、そうとしか考えられない。

2.「アキレス腱」も「アキレスの踵」も、弱点を表す比喩であることは知っていたが、前者の方がはるかに一般的だということを知らなかった。

 そこで、どちらを採用しようかと考えた際に、「腱」や「踵」の字が読めない人も多いのではないかと気になった。

「アキレスけん」「アキレスのかかと」を比較した結果、後者の方が見てすぐ理解されやすいだろうと思った。

 うーん、やっぱり2なのかなあ。たとえそうでも、不適切の誹りは免れないと思うんだけれど。

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 いずれにせよ、日々目にする山のような誤訳・不適切訳の事例を考えると、根本の問題は、翻訳者の中に日本語のできない人が多すぎる点にあるという気がしてしかたがない。

 これは、英語(外国語)が好きで翻訳の世界に入った人がほとんどであることが主因であろうと推察される。

 だとすると、改善への道のりは遠そうだ。