■ボクも体脂肪率15%

 浜崎あゆみは体脂肪率15%で、Panasonic のデジカメ、Lumix Slim7 は体脂肪率ゼロだそうだ。

 えっと、私も体脂肪率15%なんですが、浜崎あゆみと同じぐらい「パーフェクト・スリム」ですか?

 SONY の CyberShot T1 を愛用するものとしては捨ておけない。松下らしく?いかにもそれを真似しましたというニオイがぷんぷんするせいもある。実際には、T1ほどスリムではなかったし、レンズもせり出す。まあ、カメラらしいといえばカメラらしいが、デザインセンスではT1の圧勝か。

 それにしても、体脂肪率15%でも、お腹周りの贅肉は思いっきりつまめる。男と女では違うんだろうけど・・・

■パスタを食べに200km

 いえ、片道は100kmです。それにしても、高速代が往復3300円(下道を走って節約するので実際は2300円)、ガソリン代も3000円、クルマの減価償却費まで入れると・・・ まあ、最後のはごく一部だけ計上しても、ざっと1万円のランチですね。うち、ほんとのランチ代は息子とふたり分で2000円強。

 以前、ここに書いた、Casa Aquila(カサ アクイラ)。やはりおいしい。人里離れた山の中なのに、今日は何と、待つ人まで出る始末。しつこいようですが、オーナーシェフは21歳。隣のテーブルの3人は、毎週来ているということだったが、どこから来ているのだろう? まあ近所かな。

 標題はウソです。本来の目的は、高見山ハイキング。だが、店を出たところで、ぽつぽつと雨。家を出たときは秋のうろこ雲様の高層雲だったのに・・・ まあ、東側に入道雲がかかっていたので嫌な予感はしていたのだが。ハイキングの拠点に着くころには本降り、5分もすると、あまり経験したことのないほどの土砂降り。車から一歩も出ず、諦めて帰るころには、登ってきた山道がほとんど川と化していた。

 土砂降りの中のドライブは好きなので、それなりに楽しかった。もし、もう1時間早く着いていれば、山頂であの雷雨に遭ったことになる。峠には車が数台駐まっていたので、そういう不運に見舞われた人もけっこういたはずだ。それを思えばラッキーとさえ言える。

 でもやっぱり、ちょっと虚しい休日・・・ですね。

■ガヴァルニの圏谷(後編)

 ハイキング当日は雲一つない快晴の下、滝の真下まで往復した。インフォメーションのおばさんがいい加減で、1時間行って1時間帰ってくるだけ、とつまらなそうに言っておしまい。地元のおじさんとのおしゃべりに夢中だし、「それ以上聞くなよ」という雰囲気。実際、ごく簡易な地図にもそのルートが載っている。間違いではないのだろう。でも、それだと昼前に帰って来るじゃないか。だったら午後から山岳ドライブでもしようと気楽に出かけたのだが・・・

 せっかくピレネーまで来て2時間のハイキングというのも味気ないので、色気を出して景色がいいと書いてある別ルートを取ることにした。それでも往復3時間とある。体力のなさ、休憩などを考慮に入れても、5時間もあれば十分だろう。

 実際、滝と正対する高原へ上がるあたりまでは、生涯にそう何度も体験できないほどの素晴らしいハイキングだった。簡単な昼食もそこでとった。その時はまだ体力もあり、息子とふたりで滝と反対方向に歩いてスペイン国境を目指したりもした。結局、思ったより遠そうで諦めたが、イタリア人のパーティーが「ミニトレック」だと言ってスペインを目指して行くのを見送った。

 高原を降りたあたりでやや疲れが出てきた。滝へ近づきたい一心で歩を進める。途中、すれ違う人に、「まだ遠いんですか」と聞くと「いや、もうすぐだよ。でも、cascade は遠いよ」とからかう調子で言われた。カスカードって何だったっけ? たぶん、峠とかコルとかカールの上部とかそういう意味だろう。そこまで行く気はない。滝まで行ければいいのだ・・・

 滝に近い一軒宿のホテル兼レストランに着いたときには、かなり疲労していた。が、ここまで来たからには、すぐ先の滝を目指さざるを得ない。そうでなくても、もともとそのつもりだ。だが・・・

 景色が巨大すぎて目測が当てにならない。こんな気持ちになるのはグランドキャニオン以来だ。すぐそこの滝へ行くのに、たっぷり1時間以上はかかったと思う。何しろ落差422mの滝、行った甲斐はあった。

 長くなるのでこの辺でケリをつけよう。

2時間のコース :村はずれから一軒宿までの往復ルート

3時間のコース :高原へ上がり、一軒宿まで行かずに帰るルート

カスカードの意味:滝

一軒宿から滝往復:所要2時間以上?

われわれのルート:反対側の村はずれ → 高原 → 一軒宿 → 滝 → 一軒宿 → 戻る

 結局、ホテルへ戻ったのは夜の7時を過ぎてから(幸い、ヨーロッパの夏は9時でも明るい)。総ハイキング時間は10時間!となってしまった。疲労困憊。しかし、それを後悔しないだけのスケールと美しさは堪能できたからよしとしよう。

(何が「昼から山岳ドライブ」だよ・・・)

■ガヴァルニの圏谷(前編)

 旅の目的の一つ、ピレネーのハイライト、ガヴァルニの圏谷(カール)。「けんこく」で変換できないから辞書を調べてしまったが、やはり「けんこく」。氷河が削り取ってすり鉢状になった山頂近くの窪地のことだ。壮観。日本だと、先日ロープウェイが止まった木曽駒ヶ岳が有名だと思う。

 ガヴァルニのカールはヨーロッパ最大である。そこにはヨーロッパ最高落差(422m)の滝がある。ヨーロッパ最大の巡礼地、なんとホテルの数がパリの次に多いというルールドも近くにある。その横には、これまたフランス最大の鍾乳洞もある。

 ここへ行かずにどこへ行けというのか、というぐらいのものである。

 ルールドはしかし、ちょうどマリア昇天祭の前日ということもあってシリアスな人たちがけっこう集まっており、宗教心のない観光客が行くと、ちょっと気がひけた。まあ、土産物屋に埋め尽くされた通りの風景は、思いっきり観光地のそれではあったのだが。

 鍾乳洞はすごかった。アメリカにあるカールスバッドが世界最大だと聞いたことがあるのだが、あれより大きいのではないか。ここに限らず、フランス南西部には至る所に鍾乳洞があり、それぞれの規模も驚くほど巨大だ。なにしろ、洞窟の中を移動するのに船だの電車だのを使う。最初は何かの間違いかと思った。

 クロマニョン人が壁画を残している洞窟も、ラスコーを始めとしてたくさんある。ガイドブックを読むまで、クロマニョン人の洞窟壁画というのは、スペインのアルタミラとフランスのラスコーにしかないのかと思っていた。アホですね。

 紙数(って何だよ)が尽きた。ガヴァルニについては後編で。

★iMac G5 発売 !!

 号外です!!

 Apple Computerからもアップルコンピュータからも、iMac G5が発売されました。消費者の期待を、思いっきり素晴らしく裏切ってくれますね。まるで村上春樹のようです。

 一つだけ気になるのは、机の上に置く限り、どう設置してもディスプレイの位置が高すぎるだろうことでしょうか。これはもう、机を下げるしかない(笑)

★日本人がいない(後編)

 フランスで言えば・・・

 パリ。ヴェルサイユ、シャルトル、ロワール。プロヴァンスコートダジュール。シャモニ、モンブラン。そしてモンサンミッシェル

 これらの場所にだけ、集中して日本人観光客がいる。そのほんの隣の有名な観光地にはほとんどいない。ツアーもそうだが、個人観光客でもそうだ。これはどうしてだろう? 簡単そうに見えて、なかなか複雑な問題のような気がする。

 いまどき、世界中で日本人観光客がいない場所をさがすのは難しいとよくいう。エジプトでバスが横転しても、アルメニア(ってどこだ?)列車事故が起こっても、「日本人観光客」に死傷者が出ることがあるほどだ。

 なのに、上記以外のフランスで、日本人観光客に会うことはほとんどない。

 いや、日本人だけではなく、もっと広くアジア人にも会わないし、さらにいえば、アメリカ人にも(たぶん)会わない。イギリス人にはよく会う。この辺にヒントがあるのだろうか。

 当初は交通が不便だからかと思っていた。クルマでないと行きにくい場所も多い。そして、アジア人のレンタカー利用者は多くないので(田舎のサービスエリアなどでは宇宙人を見るような目でジロジロ見られることも珍しくなかった)それが理由だと思ったのだ。でも、それだと、アメリカ人に会わない理由がわからない。彼らは気軽にレンタカーを借りている。

 同時に、交通至便でもアジア人をほとんど見かけない場所はいくらでもあるし、どんなに交通が不便でも団体バスで押し寄せる旅行者がひきもきらない場所も数多い。

 結論らしきものはこれだ。おそらくは、ユーラシア大陸や大西洋を越えてまで訪れる価値のある場所は、冒頭にあげた場所だけだと思っている人が多いということではないだろうか。ドーバー海峡を越えるぐらいで訪れられるなら、行くべき場所はいくらでもある。

 ややこしいので話を日本人に絞ろう。フランスの上記場所を「制覇」した日本人は、あるいは、制覇していなくても、パリとベルサイユとロワールとモンサンミッシェルに行ってしまえば、もうフランスは「卒業」して、どこかよその国に行く。それは、ヨーロッパに限らず、エジプトだったりメキシコだったりアルメニアだったりケニアだったりする。限られた人生とお金なのだから、当然のことだ。「この目で世界中を見てやろう」。

 あるいは逆に、パリに惚れ込み、何度もパリを訪れる。確かにその価値はある。わたしだってもう少し教養があればそうするかもしれない。

 何の不思議も文句もない。

 ただ、こうも思う。落差が、というか、比率が、というか、あまりにも激しく、偏りすぎてはいまいか。超一級の観光地である、ピレネーに行ってもドルドーニュ渓谷やロット峡谷に行っても、たった一人のアジア人にすら会わなかった。率でいえば、全観光客の0.1%にも達していないことになろうか。

 ロット峡谷の村にあるオーベルジュの老主人に「日本人はロワールには大挙して出かけてくるのに、ここまではぜんぜん来てくれない。君たちがたぶん、今年最初で最後の日本人だ」と言われて驚いた。「フランスでもっとも美しい村の一つ」サン・シルク・ラポピの近くだ。

 いや、そのオーベルジュはともかく、その周辺ということであれば、実際にはけっこうな数の日本人が訪れているとは思う。しかし、やはり、その数が不当に少なすぎることは確かだろう。もっとも、あれ以上観光客が増えてほしくはないけれど・・・

★日本人がいない(前編)

 今回の旅のテーマは3つ。その1は、20年前に行き残した超メジャーな場所を押さえておくこと。その2は、フランス西部田舎巡り。その3は、ピレネー(+アンドラ公国

 20年前には、凱旋門にもノートルダムにもエッフェル塔にも登らなかったエッフェル塔には行きすらしなかったら、現地で知り合った日本人に「オマエはひねくれすぎている」といって、無理矢理連れて行かれた)。青春時代(笑)のことで、いささか世を拗ねていたのと、長旅のせいで名所旧跡に飽きていたのとが理由である。

 ロワール川沿いの城巡りにも、モンサンミッシェルにも行かなかった。旅行前には「外すまい」と決めていたところである。これは、寂しくなってしまって、早く日本に帰りたかったことによる。いや、フィックスの航空券だから、行かなくても早く帰れるわけではないのだが、パリにとどまっていた方が日本に近いような気がしていたのだ。わざわざ出かける気力もなかった。そのせいで、パリには10日近くいたような記憶がある。もっとも、ホテルで昼前まで寝るような生活だった。

 旅の最後がパリだったので、ヨーロッパの街に飽きていたわたしには、衝撃というほどのものはなかった。でも、当時の日記には、カルーゼル広場に立ったときの感想として「旅の最初がパリだったなら、ここに立ちつくしていただろう」と書いてある。いまでも、「初めての海外」にパリを選ばなかったことを少しだけ後悔している。『地球の歩き方』のせいだ(笑)

 今回は、空港から直接モンサンミッシェルに向かったし、ロワールの城にもいくつか行ったし、パリでは凱旋門にも登った。でも、残念なことに(というべきか)、それ以外の場所で日本人(のみならずアジア人全般)に会うことはほぼ皆無だった。

★ヨーロッパの夏は寒い

 ギリシアやイタリア中南部はともかく、ヨーロッパの大部分は夏でも涼しい。summer だの、été だのというのは、「夏」ではないのだ。大阪で言えば、10月も終わろうかというころの気候がちょうどヨーロッパの8月の気候ではないだろうか。

 それに、日本のように7月より8月の方が暑めだというのは大方の温帯国では珍しいことだそうで、たいていは7月の方が明らかに暑いらしい。そうすると、同じ8月で比べれば、暑さがほとんどピークの日本と、だんだん秋色が濃くなってくるヨーロッパということになって、ますますその差は開く。もちろん、たとえばパリの緯度は北海道などはるかに超えて、サハリン中部と同じぐらいである。涼しくないわけがない。

 それでも、8月15日ごろまではバカンス真っ盛り。田舎では、どうかすると半ズボンに上半身裸のオッサンたちが闊歩し、とても泳げそうもない冷たい川に子どもたちがどんどん飛び込んだりしている。

 かつても見たそのイメージと、日本のどうしようもなく暑い夏。出発前には、またもや、涼しさ、まして寒さなど実感できなくなってしまっている。「寒いかもしれないから」などと口では言いながら、脳裏には裸のオッサンと川に飛び込む子どもの姿が浮かんでいて、まともな防寒対策などしない。いや、一応持っては行くのだ。それでもなお、現地で「今日は寒いかも」と思っても着なかったりする。

 8月25日。ナチスドイツからのパリ解放記念日。ちょうど60周年だ。雨模様。寒い。震え上がった。気温は12度ぐらいまでしか上がっていなかったらしい。大阪なら真冬である。さすがに上着を着ている人も多いのだが、われわれは上着を持って出なかった。なんだよこれ。まだ8月だぜ、8月・・・

 帰国すると、皆が口々に「朝夕はめっきり涼しくなってきて」という。すみません、無茶苦茶蒸し暑いんですけど・・・

★やはりパリから・・・

 フランスはともかく、パリは20年ぶりだ。しかし、何も変わっていなかった。

 いや、もちろん、地下鉄や高速鉄道の路線はやたらに増えているし、TAXI 2 だかに登場した変な観覧車も高速回転しているし、新凱旋門もできた。

 ルーブルの内部は見違えるように整備されて展示方法も改善されたし、印象派美術館の所蔵作品は新たに開館したオルセーにごっそり移された。ピカソ美術館も新たに開館したが、肝腎のオランジュリーは工事で長期閉鎖中だ。

 ほとんどまったくいなかった中国と韓国からの観光客がとても多くなった。

 そこここに散乱する地下鉄の切符や犬の糞、汚いゴミはずいぶん減った。何より?通貨がユーロになった。

 なんだ、ずいぶん変わってるじゃないか、じゃあ、何が変わってないのだ、と言われても、答えるのは難しい。他にも変わった点は多々あるが、旅人に変わっていないという印象を抱かせる点がこの街にとっては重要だ。地下鉄の回数券は変わっていなかったが、もしかするとわざと以前のままに残してあるのではないか(笑)

 常に革新しながら常に変わらないパリ。ローマを知らないが、間違いなくヨーロッパで一番魅力的な大都会だろう。

★同じ月

 ルーブル宮に沈んでいった月と、今宵見る月が同じでした・・・ 別の現実から元の現実へ戻っても、現実は現実、同じ惑星上のできごとですね。

 ご無沙汰してすみませんでした。のんびりと再開していきます。

★二年間の休暇

 いいなあ、二年間なんて・・・ という話ではない。11歳の息子が、生まれて初めて、まともな本を自分で読んだのだ。8月1日のことである。そのタイトルが『二年間の休暇』(福音館文庫:文庫といっても新書版より大きい)。全訳で上下2冊もあるのに、斜め読み?ながらも半日で読み切ってしまった。私が子どものころ、一番好きだった、ジュール・ベルヌの『十五少年漂流記』である(原題に忠実なのは「休暇」の方)

 自分が子どものころは本ばかり読んでいたように思う。子どもがそうではないのに違和感を覚えていたのだが、これをきっかけに読書を始めるようになるのかもしれない。なにしろ、これまで読んでいたのは、ドラえもん学習漫画シリーズと、かいけつゾロリシリーズだけといっても過言ではないのだ。あ、江戸川乱歩シリーズも少しあったか。それにしても、何という人生だ・・・

 と思っていると、その翌日には、村上春樹の『レキシントンの幽霊』(単行本)を読んだと嬉しそうに報告してきた。幽霊だのUFOだのが好きなので、勘違いして手に取ったのだろう。何がどこまでわかっているのかは不明だが、ともかく一冊ぜんぶ読んで、「レキシントンの幽霊」(短編)が一番おもしろかったと言っていた。ほんとかよ。

 これが子どもの成長のブレイクスルーであることを祈る。一方で「赤ちゃん」らしさが抜けていき、二度と戻らないのは寂しい。戻ったら戻ったで、悩むだろうけど。

★スターバックスの華たち

 いわゆるシアトル系のコーヒーショップのうち、一番足が向くのはスターバックスだ。理由の一つはもちろん、全面禁煙であることだが、もう一つはおそらく、働いている人たちが生き生きしていることだろうと思う。

 他の店だと、よくてマニュアル的な愛想の良さが期待できるだけで、どうかするとアンニュイな表情のまま対応されたり、下手をすれば嫌々コーヒーを淹れているようにしか見えないことすらある。「どうして私がこんなとこでアンタにコーヒーなんて出さなきゃならないのよ」という声が聞こえてきても不思議ではないほどだ。

 スターバックスは違う。なぜなのだろう?

 「きちんと教育しているのだ」という人がいる。では他の店は教育していないのか。ハンバーガーショップやファミレスやコンビニは? 教育すれば店員の対応が劇的に変わるのか? 私は「教育」がそんなに簡単なものではないことを知っている。

 スターバックスの華たち(男はこの際どうでもいいです、すみません)が、マニュアルや教育を越えて生き生きしているように見えるのは、彼女たちがあの仕事に誇りを持ち、どうかするとほんとうに楽しんでさえいるからだと思う。意地悪く言えば、「スターバックスで働いているワタシ」が好きなのだ。そのことが、美醜を越えて(「醜」に入る人はそもそも採用されていないようだが)彼女たちを輝かせている理由だろう。

 アメリカ資本の「オシャレ」なコーヒーチェーンの店員として働くことにいわれのない?誇りを感じているとすれば、そのことに対して何か言いたくならないわけではない。だが、その誇りが私の足をそちらへ向けさせるとすれば、頭でっかちの批評は無力だ。

 いずれにせよ、仕事に対する自分の姿勢を振り返ってみれば、もはや、彼女たちが淹れてくれたコーヒーを黙ってありがたく味わうほかない。

●大傑作

 次期アメリカ大統領候補のジョージ・ブッシュとジョン・ケリーを痛烈に風刺した傑作アニメがインターネットで見られる。久しぶりにコンピュータの前で大笑いさせてもらった。何はともあれご覧あれ(ブロードバンド推奨・環境によっては見られないかも)ここで、ほぼ正しいスクリプトが見られます。

 それにしても、ブッシュもケリーもシュワちゃんクリントンも、ぜんぶ本人がしゃべっているように聞こえるのだが、エンドクレジットを見る限り、声優が一人でやっているようだ。ものすごい才能である。