■「もう会いたくないね」

 「情熱大陸」というテレビ番組で、世界でも稀だという猛禽類専門の獣医師を特集していた。

 氷結した湖面上の大雪原で傷の癒えたオオワシを自然に戻した後、

「いい飛びっぷりだなあ」

「戻ってきてほしくないね」

「もう会いたくないね」

とつぶやくシーンがもっとも印象的だった。

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 折しも、うちでも小鳥を保護していた。

 まだ寒かった先月の雨模様のある日、山の中で瀕死の夏鳥を見つけたのだ。ヒナではなく成鳥である。

 バタバタはするのだが、飛べないどころか、足元で仰向けにひっくり返って起き上がれないほど弱っていた。そのままでは、翌日まで命をながらえることすら難しそうだった。

 一緒にいた先達としばし顔を見合わせ「どうしましょう?」と悩みながら、今日明日にも死ぬよりはと、思い切って保護することにした。

 右の羽を傷めていることはわかっていたが、帰宅して子細に見ると、右目がつぶれてふさがっているようにも見えた。

 それだけではなく、衰弱しているので、ともかくも体温を保持させなければと、使い捨てカイロを総動員して間接的に温めた。箱の中に入れるとカイロが空気を消費してしまうので、箱の下に敷く。

 文鳥なら飼っているが、この小鳥はおそらく、生きた虫しか食べない。早速調達してきても、食べようとしないし水も飲まない。

 無理に食べさせることがよくないのは知っていたものの、こんな調子でどうなることかと気を揉んでいたのだが、次の日にはなんと45匹も食べ、ちょっとほっとする。

 ところがその後、50, 55 と数を増やしていっても、体重は減り続ける。ほとんど運動していないのに体重が減るというのは、もっと食べなければならないということだ。

 80匹にすると、ようやく体重が安定した。

 ほんの 11g ほど、500円玉2枚に満たない体重の小鳥である。そんな小さな体で毎日3gくらいのエサを食べていることになる。人間に換算すれば十数kgの食事をしているのと同等だ。それほど彼らのエネルギー消費は激しいのである。

 栄養が偏るといけないので、いろんなエサを食べさせようとしたが、結局は生きた虫しか食べなかった。

 クロレラ入りのボレー粉にミールワームを入れると勝手に潜っていく。それを探し出して食べさせることで、少しでもカルシウムやらビタミンやらが補えればと願っていた。

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 最初はクチバシをカチカチいわせ始め、そのうちヒーヒーと鳴きだし、やがてはたまに囀るようになった。

 右目は徐々に癒えて、正常に戻っていった。もともと、眼球自体は無事だったようだ。

 初めは数十センチ飛び、数メートル飛びして、そのうち、家の端から端までくらいは飛べるようになってきた。それ以上飛ぼうとしても、壁やら窓やらが立ちふさがる。憐れな小鳥は、そのことに戸惑っているように感じられた。

 今さらながら、自然界にはそんなものはないことに気づいた。

 お気に入りの場所は、テレビの裏の配線がごちゃごちゃしているところである。おそらくは小枝に見立てているであろう配線に止まり、ケーブルから別のケーブルへと移って落ち着いている。

 このまま保護を続けるか、自然界に戻すか悩んでいた。

 飛べるようになったとはいえ、右の羽の異常は治っていない。骨折していてそのままの形でまたつながったのだと思われる。

 その点を除けば、日に日に元気になり、エサを取り替えようとすると箱から飛び出していくのが日常的になった。

 家族会議(笑)を開き、いずれは自然に戻さなければならないし、どうせ戻すなら6月よりは5月の方がいいだろうとは考えた。

 体は十分に元気だし、保護を続けても、羽がこれ以上よくなる見込みもなさそうだ。

 それでも、自然界で生きていけるのか、放鳥することはすなわち死に追いやることになるのではないかと、かなり悩み続けていた。

 そんなある日、昼間みごとに囀った夜、入れていた箱から上手に脱走した。

 これほどたくましいならあるいは・・・と、自然界に戻す決心がついた。

(脱走しないための改善をものともせず、その後も2度ほど脱走した ^^)

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 保護してから1か月と5日目、元いた場所近くの山林で、運搬用の小さな箱を開いた。

 しばらくして箱から飛び出し、一度地面に降りたときにはどうなることかと心配したが、ややあって飛び上がり、十メートルほど先の枝までみごとに飛翔した。

 さらに別の枝に飛び移り、その後は幹にとりついて、樹皮の間の虫を探す仕草をしている・・・

 自然の中では やっていけない可能性が高いかもしれないと思っていた。だが、これならあるいは、少なくとも秋が来るまでは、狭い箱の中ではなく、大きな自然の中で自由に飛び回ることができるのではないかと、一縷の望みが生まれた。

「まあまあの飛びっぷりだなあ」と少し安心した。

「戻ってきてほしくないね」とも思った。

 しかし、

「もう会いたくないね」とは、まったく考えなかった。

 できればその日のうちにでも、もう一度会いたいと願った。

 そして、来月か再来月、あるいはまた秋にでも、万一再会できれば、躍り上がって喜ぶだろうと思う。

 

 

 

※念のため

1.「ヒナは拾わないでください」。

2.成鳥であっても、飼養することは法律で禁止されています